小学校のときプラモデルのパッケージで震電を見て日本にもこんな飛行機あったのだと感激した思い出がある。当時は雑誌など手に入らず、もっぱらプラモデルのパッケージが情報源だった。
写真が何葉か残されているが・・・先尾翼で鶴が舞い降りたような脚でたたずんでいる姿は本当に美しい。「美しい機体は性能がいい」というジンクスを考えると究極のレシプロ機を感じさせる。
しかし、メッサーシュミットやフォッケウルフやスピットファイアーが改良を重ねることで究極のレシプロ機に近づいていったことを考えると基本設計のゆとりや基礎的な工業力の支えが日本にはなかったと言わざるを得ない。零戦は21型が完成形でそれ以後の改良は、かえって不具合を生じた。1000馬力エンジンで完成形だったので、2000馬力エンジンを支える強度がなかったのだ。メッサーシュミットやスピットファイアーの最終形は2000馬力超エンジンを積んで飛んだ。強度も増していったのだ。そこにはねじ一本に至るような地道な部分での基礎工業力の差があったのだ。
震電は発想を変えて新たな設計で究極のレシプロ機を目指したが、戦時にあっては改良で性能をアップする方が最善であったろう。
全幅11.11m 全長9.76m 翼面積20.5㎡ 自重3,525kg 全備重量4,950kg
エンジン:三菱843-42 2,030hp 最大速度741km/h
武装:30mm砲×4 乗員1名
※ 「第二次世界大戦軍用機ハンドブック」 ※ wikipedia
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